贅沢な学び

  • 2013.10.28 Monday
  • 02:14
本棚の掃除をしていたら、ある大学ノートに目が留まり、
何気なく中を開いてみました。
表紙には「シュタイナー」と書かれていて、中にはいくつもの図。
そこから矢印が出ていて英語で説明が書かれています。
くねくねと曲がった筆記体は確かに私の字。

「いつ書いたものかなあ・・・?」とページをめくっていくと、
ありました、ありました、日付を書いたところが・・・

う・・・・ん?
第一子を出産した4か月後の日付です。

「赤ちゃんを産んだばかりの私が、なんでこんな勉強をしてるんだろう・・・?」
と、考えていたら・・・思い出しました。

そうです!

出産前に、それまで勤めていた幼稚園を辞めたのですが、
この時、先生方の自主研究会に誘っていただいたのでした。
その講師がイギリス人男性でシュタイナー学校の先生だったのです。

そして、同時通訳をしてくだる方がこれまたすごくて、
アポロ11号月面着陸の同時通訳で有名な西山千さんのお弟子さんでした。

イギリス人の先生のしっとりとした奥深い話を
通訳の女性が正に同時に日本語にしていってくれるのです。
同時通訳は逐次通訳に比べて時間がかからないという利点以上に、
臨場感というか、生々しさというか、本当に素晴らしいですね。

小さな幼稚園の小さな保育室で、
子ども用の机といすに座って6人くらいで、
こじんまりとした勉強会でしたが、
超1級のシュタイナー教育の先生と超1級の通訳者です。
なんて贅沢なんでしょう!!
それを少人数で月に1回くらいだったと思うのですが、
1年半くらい行われたと思います。
(先生がイギリスに戻られたので終わりになりました。)

使われたテキストは、あの有名な「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」
でしたが、当時は実はあまり一般的には知られていない本でした。
それを英語で講義を受けることができたのですから、
本当にラッキーだったと思います。

もちろん、私は4か月の娘を膝に抱っこして聞いていました。
先生が、「赤ちゃんを実際に見ながら勉強できるのはとてもわかりやすい」と
おっしゃって、よく「ほら、ご覧、赤ちゃんはね・・・」と、
私の娘を観察しながら、教えてくださったのです。

私は幼児教育が専門ですから、もちろん赤ちゃんのこと、子どものことは
どちらかというと良く知っている方だと思います。
しかし、知識として知っていることと、感覚としてわかることとは違いますものね。

赤ちゃんは感覚だけで生きていますから、大人側も感覚を研ぎ澄まさなければ
赤ちゃんについていけませんよね。

学校や受験勉強のおかげでずいぶんと左脳に偏っていた私は、
この勉強会のおかげで少しは右脳感覚を養えたのではないかと思っています。

本当に感謝! 感謝!





 

「お母さんと離れたくない!」

  • 2013.09.18 Wednesday
  • 20:25
「お母さんと離れたくない!」
この言葉、小さな子どもの叫びだと思われるでしょう?
でもこれ、高校生男子の言葉です。

今から5年くらい前だったでしょうか?
子どもの高校進学のための説明会が中学校であり、
ある公立高校の先生が、話に来られていました。

その時印象に残ったのが上記の言葉です。

成績優秀な、ある男子生徒。
本人は地元の大学進学を希望している。
しかし先生は、十分合格できるからと東京の有名大学を勧める。
すると、東京は嫌だ、地元がいい、という。
その理由が「お母さんと離れたくない」だったのです。

この言葉を聞いて、私は思わず「う〜ん・・・」とうなってしまいました。

一見「マザコンか?」と思われそうなこの言葉・・・ですが、
私は、この生徒は本当の幸せの意味をしっかりわかっているのだと感じたのです。

私が高校、大学、就職と進んでいった頃、世の中は好景気で絶好調。
成績の良い先輩達も同級生も皆都会志向でした。
東京の有名大学に合格しては万歳!
大企業に就職。東京へ行く、と言っては万歳!

その人たちが、里帰りの際の同窓会で何と言っているか・・・
「ああ、こっちに帰って来たい・・・」

実際、親の入院や手術の付き添い、介護が必要とわかっても
なかなか看病に帰ってくることもままならず、
口惜しい思いで都会で暮らしている友達が少なからずいるのです。

今の若い子達は、知っているのではないでしょうか?

本当の幸せとは業績や名声ではなく、
大学や勤め先のネームバリューでもなく、
家族が寄り添い支え合い、毎日一緒に食卓を囲めることだと・・・

「お母さんと離れたくない」は、そういう意味ではないか?
と、私には思えたのです。

もちろん、自分のかなえたい夢のために
世界中どこへでも出て行き、バリバリ活躍するのも、もちろん素晴らしい!!

要は、一人ひとり価値観や望みは違うから、
誰かのマネや受け売りやいわゆる「世間」に同調せずに、
自分で自分の思う幸せを掴み取っていくことだと思います。

「お母さんと離れたくない!」・・・
ぜひ、その思いを大切に!

 

茶碗と帰属意識

  • 2013.04.26 Friday
  • 14:30
子どたちが小さい頃から、
茶碗は有田焼を使っています。
そして、物心ついたころから、
自分の茶碗は本人に選んでもらっています。

それは、APでいう「帰属意識を培う」を意識していたからなのです。
しかもここ(筑紫野市)に住んでいれば、
「やっぱ、茶碗は有田焼でしょ!」と、なりますよね。
有田焼、大好き!!
そして、有田焼の茶碗で毎日食事ができるなんて、何という幸せ!!

私がAPのリーダーを始めて間もないころ、20年前くらいでしょうか、
リーダーが集まっての研修があり、テーマは「帰属」についてでした。
APでは、セルフエスティーム(自己肯定感)を培う基本は帰属である、と説きます。

帰属・・・つまり、人間は自分が何かに属している、という意識があると
生きる意欲や自分の存在価値が高まるのです。

その研修で印象に残ったのは、日本の文化についてでした。
日本人は自分の茶碗や箸を持っている、これは素敵な文化だと。
(確かにマイスプーンやマイフォークなどは聞いたことがありませんよね)
それも帰属意識を培う一つであるという話でした。

夫の実家に行くと、子どもたちのおばあちゃん(つまり夫の母)が、
水屋の棚に「これは〇〇ちゃんの箸と茶碗ね」と、
子どもたち一人ずつに箸と茶碗を用意してくれていたのに感激した覚えがあります。

日常のこんなさりげない思いやりが、
子どもたちに「あなたは私の大切な人」と言っていることになるのですね。

子どもたちに「さあ、セルフエスティームを高めましょう」といくら言っても無理です。
それは自分の中から出てくるもの ではなく、与えられるものだからです。
子どもが「ああ、私は大切にされているのだ」と感じる経験を積むことによって
培われていくのです。
そして、そう感じるには、そのような行為を受けなければなりません。

APではそれを「勇気づけ」というやり方でしていきます。
「勇気づけ」は4つあります。逆に「勇気くじき」も4つです。
これらはルドルフ・ドライカースの考えを基にしています。
ぜひ、APで習得してくださいね。

「子どもにしつけが必要なように親にも訓練が必要だ」
ドライカースの言葉です。

茶碗はなぜ割れるのか

  • 2013.04.18 Thursday
  • 20:59
 高校生の息子の春休みは長く、
その間、家で茶碗洗いをしてくれていました。
我が家は5人家族。
3食すべていつも5人分、というわけでもありませんが、
それでも結構洗い物は大変です。

彼は手が大きい分、大きなお鍋などもささっと洗ってくれるので、
私は大助かりです。

先日「今日も洗ってくれる?」と訊いたら「いや、僕はもうしない」と言います。
「あら、どうして?」「だって、僕が洗うと茶碗を割るから・・・」
「ああ・・・」

そう。実は前日に自分の茶碗を割ったのでした。
「あぁあ、割っちゃった・・・」と言いながら、紙に包み、
片付けていたのを私も知っていました。

「茶碗が割れたのは、あなたがそれだけやってるからだよ。」と、私。
「お母さんが洗ってた時は、お母さんが一番多く割ってたでしょ?
 つまり、洗う頻度が多いほど、割れる割合も高くなる・・・」

息子の目が一瞬光ります。

「お姉ちゃんたちは、ちっとも茶碗を割らないでしょ?
 それは全然洗ってないからだよ・・・ね」

息子がニヤッと笑います。

茶碗はなぜ割れるのか・・・?

「不注意だからよ!」とも言える、とは思いますが、
「注意していても割っちゃうんだよねぇ・・・」というのは
私自身が一番よく感じていることです。

したがって、私の場合、大好きな人からいただいた大切な器は
しっかりしまいこんでいる・・・というのが現実です。
素敵な器を愛でながら優雅に暮らす日を望みはしますが、
今しばらくはしまいこんでおくほうが無難なよう・・・
つまり、日常は割れてもいい物しか使っていません。
(もちろん、だから乱暴に扱っていい、というわけではありませんよ)

茶碗はなぜ割れるのか?
それは「あなたが洗ってくれているから」ですよ!
 


ミスチルの「常套句」にならって・・・

  • 2013.03.05 Tuesday
  • 22:11
ミスチルことミスターチルドレンというバンドの
「常套句」という歌が流行っていますね。

ヴォーカルの桜井さんの声ならではのバラードで、
聞いているとグッときます・・・


  
 
    君に会いたい   君に会いたい
    何していますか?  気分はどう?

    君に会いたい   君に会いたい
    愛しています   君はどう?


「君に会いたい」という、心から絞り出したような叫びが
何とも言えない切なさで胸に響くのですが、
私は、この歌が胸にグッとくるのは
「君はどう?」という問いかけにあるのではないかと思っています。

この『問いかけ』・・・
それが、私がこの歌を気に入っているわけなのです。

「君に会いたい」というひたむきな叫び・・・
いとしい人を想う気持ちは、誰にでもわかりますよね。
でも、「君に会いたい」「君を愛してる」
と言うだけならば、ストーカーだってそうなのです。

つまり、自分の気持ちが『たとえ愛情であっても』一方的なものならば
本当の『愛』とは言えません。

「今の気分はどう?」
「僕は愛しているよ。君はどう思っているの?」

この、相手に対する問いかけこそが『愛』なのですねぇ・・・
ああ、だから、この歌はステキ・・・

(ストーカーは決して問いかけないでしょ?!)

さて、翻って、親子関係で考えてみましょう!!

子どもに問いかけていますか?
「あなたはどう?」「何がしたいの?」「そのことについてどう思っているの?」
このような問いかけを自分の子どもにしているでしょうか?
親が子どものストーカーになってはいませんか?

人は、気持ちを訊かれると、「自分のことを大切に思ってくれている」
と感じます。なぜならば、感じ方こそが、その人そのものだからです。
ですから、感じ方を大切にしている イコール その人を大切に思っている、
ということになります。
つまり、問いかけること、それこそが本当の『愛』なのです。

わが子にも、恋人に訊ねるように、ニッコリとほほ笑みながら
「君はどう?」と優しく問いかけてくださいね!!

子育ては芸術

  • 2012.12.22 Saturday
  • 22:36
「子育ては芸術です」という話のつづきでしたね。

つまり、子育てはとてもクリエイティブな仕事、ということです。
でも普通はそれをあまり意識していないように思います。

あらゆる動物(生き物)の中で人間ほど環境に左右される生き物はいない、
と言われますよね。
人間の子どもがオオカミの中で育てば人間にはならずにオオカミになってしまうことを
皆さんはご存じでしょう。
動物にはそれぞれの種があり、その種を持って生まれればそのようになるのですが、
人間だけはそうもいかないようです。

人間は、人間になるように育てなければなりません。

そして、どのような人間にしたいかを
意識的に持たなければなりません。

これが良くも悪くも「教育」ですよね。

つまり、人間同士助け合うように教育することもできれば
(ちょっと極端で怖い話ですが)殺しあうように教育することもできます。

そこで「どのように育てることが人間にとって一番人間らしいのか」を
考えなければなりません。

皆さんは考えたことがありますか?

私は自称「教育が専門」なので、
このようなことばかりを考えてきました。

さて、答えは・・・・と言いたいところですが、
今日はやめておきます。
なぜならば、皆さんによくよく考えていただきたいからです。
それと、書き始めるととても長くなりそうですから・・・

「子育ては芸術」という話に戻りましょう。

つまり、子育てはクリエイティブな業である、ということです。
まず、どのように育てるかを想像しなければなりません。
それから、そうなるように創造していきます。
それも独りよがり、自分勝手にはできません。
子どもそのものにも持ち合わせている性質や特徴があるからです。
そして夢や希望があります。
子どもそのものがクリエイティブな存在なわけです。

それと、「社会」というとても大きな要因があります。
どの国のどの時代か、どのような社会か、は
子どもが育つうえで、とても重要なことですよね。

世の中が同じことの繰り返しであれば、
子育てはそのまま引き継いでいけばよいのですが、
世の中は刻々と変化していますので、
子育てもそれに応じて変化していかなければなりません。
それもまた、子育ての難しいところでしょうか?

でも、時代を超えて、あるいは国境を越えて、
普遍なものがある、と私は確信しています。

「芸術」は人間だけが持ち合わせている業です。
この世の何ものも、人間以外には「想像し、創造する」ということができません。
つまり芸術性こそが人間性であると言えます。

「子育ては芸術」・・・クリエイティブに子育てしましょう!!

魔法でしょうか?・・・いいえ、だれでも

  • 2012.06.22 Friday
  • 22:17
先日、初めてAP(アクティブ・ペアレンティング)の講座にみえられたSさん。

「今特に困っていることはありますか?」と伺ったところ、「宿題のことで困っています」とおっしゃいます。

「しなさい、と言うと、うん、と返事はするのですが、なかなか取りかかろうとしません。
やっとやり始めたと思ったら、だらだらしていて1時間くらいかかるんです。それで、毎日イライラしています。」

子どもさんは小学校3年生の男の子。
小学生になると宿題の悩みはよくありますね。「子どもの宿題」は「親の宿題」なのでしょうか? 本当に心配ですよね。

さて、私は、詳しく子どもさんの様子をお聞きした後で、とりあえず宿題には目をつむり、子どもさんをしっかりスキスキするように、とお願いしました。

「宿題をする、しない、に関係なくスキスキしてあげてくださいね。ただし、弟や妹の前では、スキスキを嫌がるかもしれません。誰も見ていないところで抱きしめてあげるといいと思いますよ」と言いました。

Sさんは「そんなことでいいのですか?」と半信半疑。
私は「まずやってみてください。うまくいかなかったら、また別の方法を考えましょう」と言いました。

1週間後、「どうでしたか?」と訊いてみました。
「それがですねぇ・・・」とSさんは勢い込んで話し出しました。

「さっそく、学校から帰ってきたときに、大好きよと言って抱きしめたのです。そうしたら、『さ、宿題でもしようかな』と言って、始めたんですよ。それもさっさと終わらせてしまいました。」

「もう、びっくり!! 魔法でしょうか?」とSさん。
そうですね、確かによく「APは魔法みたい」と言われますが・・・

でも誰でもできますよ。
子どもの困った行動のカラクリさえわかれば・・・ね!

[家庭における性教育」講座開設の思い

  • 2012.04.24 Tuesday
  • 20:10

さて、前回に続いて性教育講座についてなのですが、
講座を始めるに先立ち、開設への思いを書きました。
それをこの場でご紹介させていただきたいと思います。


       「家庭における性教育」講座

 性教育が大切であることは誰もが認めると思いますが、では、具体的に家庭の中でどのように性教育を行えばよいのかというと、はっきりとした答えを持っている親はあまりいないのではないでしょうか?私たちの社会の中では、家庭における親の役割としての性教育がまだ確立できていないのではないかと思います。
 中学生になってボーイフレンド(ガールフレンド)ができたわが子に、親が心配なあまり、何も言わずにそっと避妊具を手渡した、という話を聞いたことがありますが、これではまるで性交渉を助長しているようなものです。心配なのはわかりますが、対応は大変まずいと言わざるを得ません。では、そんな時はこうするのですよ、といった一定の方法が私たち親の間に確立されているか、といえば、答えは否です。
 「家庭における親から子への性教育は、こんな風にしたらいいよね」という一定の常識と方法をみんなで作ることができたら、親も安心で子どもも健全に育つのではないかとの願いを持って、この講座を始めることにしました。
 皆さんで一緒に考え、作り上げていきましょう。ぜひ協力してください。


この講座の目的は、
 1.家庭における性教育の必要性を認識する 
 2.子どもの成長発達に応じた性教育を意識する 
 3.現代社会の性的な問題を意識する
 4.とりわけ危険と思われる性がらみの情報を知り予防する
です。少し詳しく説明したいと思います。


 1.家庭における性教育の必要性を認識する
 子どもたちは、信頼できる大人からの性教育を求めています。「性」とは、大人にとっても不可解でややこしい問題ですが、子どもにとってはなおさらだと思います。ややこしいから、大人もつい目をそむけがちなのですが、それでは子どもはどうなるでしょう。これは「教育」ですから、難しいからと言って子どもを放っておくわけにはいきません。また、世の中は危険な性情報に満ちていますから、そのような危険から子どもを守る必要もあります。親は悩みながらも「良い教育」を子どもに施さなければならないのです。難しさを認識しながらも、どのようにしたら良いのかをみんなで探っていきましょう。


 2.子どもの成長発達に応じた性教育を意識する
 「性教育」というと思春期の教育と思われがちですが、決して思春期だけの問題ではありません。子どもの成長発達に応じ、子どもが理解できる形での説明が必要となります。そのためには、「子どもの、成長における認識度」を親は知っておかなければなりません。
 小学校1年生の息子さんが、ある時、田んぼを覗き込みながらお母さんに訊いたそうです。「お母さん、このオタマジャクシはいつ人間になるの?」と。それは、学校で習ってきた男性の精子をオタマジャクシと勘違いしたことからおこった出来事でした。また、ある中学生は年下の女子を妊娠させてしまったのですが、その動機は「学校で性教育を受け、試してみたかったから」というのです。
 これらのことから「性教育」とは、「子どもの成長や状況に応じて総合的になされなければ返って問題になる」ということが言えるのではないでしょうか。大人が子どもの認識の度合いをよく知っておく必要があると思います。


 3.現代社会の性的な問題を意識する
 「性別」といえばかつては「男性」「女性」のことでしたが、現代ではより複雑になってきています。医学が進歩したので性の分化の仕組みなども詳しくわかるようになってきました。性を男性・女性と二分するだけでは収まらなくなってきており、そこにはもちろん人権の問題が大きく関係しています。さまざまな性の問題が社会の問題として存在することを認識し、子どもの状況にも配慮をしましょう。


 4.とりわけ危険と思われる性がらみの情報を知り予防する
 どのような時代でも性的なことで問題がなかった時代はないとは思いますが、とりわけ昨今の状況で気になるのはネットを通じて起こる問題ではないでしょうか?
 「出会い系サイト」云々での事件が絶えないのはもとより、情報が溢れすぎて何が常識かもわからなくなってしまいがちです。「性的な問題は極めてプライベートなこと」という常識が崩れ、赤裸々さをあおる傾向を感じる場合もあります。あらゆる点においてプライベートに踏み込んだ情報が多いと感じる昨今、性的な部分でも危険を感じます。
 とりわけネットの世界は大人たちよりも子どもたちの方が先んじています。できるだけ大人も情報を分かち合い、子どもたちを危険から守るように気を付けましょう。


 以上のようなことを意識しながら講座を進め、学んでいきたいと思っています。さまざまな情報やご意見など、おおいに分かち合っていただけると嬉しいです。


    家庭における性教育講座 3回シリーズ(1回2時間)

      1回目   「性」とは何でしょうか?
           「セックス」と「ジェンダー」について

      2回目   年齢に応じた性教育について考えてみましょう
             子どもの質問に対する答えを用意しておきましょう

      3回目     現代社会における性の問題や危険からの予防について
             具体的な問題を予測し、対応を考えておきましょう

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