ここに絆創膏、あそこにも絆創膏

  • 2013.01.05 Saturday
  • 09:28
映画「レ・ミゼラブル」が評判ですね。
私も見に行ってきました。
小学生のころ、子ども向けにかかれた「ああ、無情」を読み始め、
最後まで読み終える根気がなかったことを覚えています。
とても長いお話ですよね。

さて、主人公のジャン・バルジャンは教会で銀製品を盗み、警察に捕まったところ、
司教様から、「それは私が差し上げたものだ。この燭台を忘れて行かれましたよ」
と、銀の燭台までをも手渡されます。
この司教様の行為により、彼は「ゆるされること、愛されること」を体験で知ります。
そうです、言葉や理屈で知るのではなく、体験し、感覚で知るのです。
その愛の力を得て、彼は「人間として愛ある生き方」を選ぶのです。

司教様はすごいなあ、と思われるかもしれませんが、日常の家庭の中で、
子どもたちが愛を知る(体験する)のは、実はこのような行為によってです。

数年前、放課後の児童を預かる学童保育の先生をされているAさんからご相談がありました。
小学1年生のS君が、来るや否やAさんにイヤミなことを言ったり、
やるべきことをやらないで、なかなか言うことを聞きません。
あるとき、「ここ、けがした、痛い・・・」と言ってきたので
絆創膏を貼ってやりましたが、またすぐに「ここ、痛い・・・」と言ってきます。
「もういい。たいしたことないのにいちいち言ってこないの」と怒ったのです。
「こういうしつこい子はどうしたいいのでしょうか」というご相談でした。

盗みをしたジャン・バルジャンに
「これは悪いことだ。わからないのか。いい加減にしなさい。」
と言うのは、ごくごくもっともで当たり前のことです。

愛の行為は、当たり前を超えます。

子どもが「ここ、けがした。痛いよう・・・」と言ってきたときは
「あらまあ、たいへん・・・」と言って、丁寧に見てあげます。
「これは本当に痛そうだね・・・絆創膏を貼ろうね・・・」と言い、
「痛みがとれますように・・・」と念じながら絆創膏を貼ってあげます。
そして、次に必ず「ほかに痛いことろはなぁい?」と、訊きます。
あるいは「あら、ここもけがしてるんじゃなぁい?ここも痛そうだよ・・・
ここにも絆創膏を貼ろうね・・・」と言います。

そうです。「ここに絆創膏、あそこにも絆創膏」と、覚えておかれるといいですね。
一つ求めてきたら、それを2倍、3倍にして返してあげます。
子どもは「愛されている」ことをこのような些細なことで実感していきます。

さて、Aさんは「ここに絆創膏、あそこにも絆創膏」と呪文のように唱え、
学童保育の現場でこのことを実践されました。
すると、なかなか言うことをきかなかったS君が、
とても素直に何でもするようになり、イヤミも言わなくなりました。

Aさんの愛の力が効いたのですね!!

銀の燭台のような大それたものはありませんが、
絆創膏一つでも愛の行為は行えるのです。
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